漢文において、否定を表す語には『不』『非』『無』『未』などがあります。
今回はこれらの語を使ったさまざまな否定の表現について紹介します。
目次
単純な否定の形『不』『非』『無』『未』
単純な否定の形について説明します。
否定を表す『不(弗)』
『不(弗)』は動詞・助動詞・形容詞・形容動詞を否定します。
・読み方は「~ず」(『打消』の助動詞「ず」に相当)
・訳し方は「~しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 識(し)らず知らず帝の則(のり)に順ふ (現代語訳:知らず知らずのうちに、帝の手本に従っている)
⑵ 梧桐(ごとう)に非ざれば、止(とど)まらず (現代語訳:あおぎりの木でなければ、羽を休めない)
否定を表す『非(匪)』
・読み方は「~ニあらズ」(「ニ」は『断定』の助動詞の連用形、「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~ではない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 天の我を亡(ほろ)ぼすにして、戦ひの罪に非ざるなり (現代語訳:天が私を亡ぼすのであって、自分の戦いがまずいためではない)
⑵ 書は借(か)るに非ざれば、読む(こと)能(あた)はざるなり (現代語訳:本は借りるのでなければ、読むことができないものだ)
否定を表す『無(莫)』
『無(莫)』は名詞または名詞相当語句を否定します。
・読み方は「~なシ」(形容詞の「なし」に相当)
・訳し方は「~ない」「~しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 子敢(あへ)て我を食(くら)う(こと)無かれ (現代語訳:あなた、私を食べたりしてはなりません)
⑵ 天下水より柔弱なるは莫し (現代語訳:世の中に、水より柔弱なものはない)
否定を表す『未』(再読文字)
・読み方は「いまダ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「まだ~ない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 未だ人に事(つか)ふる能はず (現代語訳:(未熟だから)まだ人に仕えることもできない)
⑵ 未だ学を好む者を聞かざるなり (現代語訳:まだ(顔回以上に)学問が好きであるという者は聞いていない)
『不可能』の表現
『不可能』は、そうすることができないという意を表す言い方です。
不可能の表現を3つ紹介します。
不可能を表す『不可』
・読み方は「~スべカラず」(「べカラ」は『可能』の助動詞「べし」の補助活用の未然形、「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~することができない」「~してはいけない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 兎復(ま)た得べからずして、身は宋国の笑ひと為れる (現代語訳:兎は二度と捕えることができず、自身は宋国の人々の笑い者となった)
不可能を表す『不能』
・読み方は「~スル(コト)あたハず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~することができない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 之に鳴けども其の意に通ずる能はず (現代語訳:鳴いても、馬の意志を理解することもできない)
不可能を表す『不得』
・読み方は「~スル(コト)ヲえず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~することができない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 臣は官を越えて功有ることを得ず (現代語訳:臣下は自分の職務の範囲を越えて功績をあげることはできない)
『禁止』の表現
『禁止』は、してはいけないと命ずる言い方です。
禁止を表す『勿』
・読み方は「~スル(コト)なカレ」(「なカレ」は形容詞「なし」の命令形)
・訳し方は「~してはならない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ (現代語訳:自分がしてほしくないことは、人にもしてはならない)
『二重否定』の表現
『二重否定』は、否定を二つ重ねた言語表現です。否定を表す2つの語が存在し、かつその2つの語が続けて読まれる場合、『二重否定』になります。
二重否定の表現を9つ紹介します。
二重否定を表す『無不』
否定を表わす語「無」「不」が続けて並ぶ形です。否定を表す語2つの語「無」「不」は続けて読まれます。
・読み方は「~セざルなシ」(「ざル」は『打消』の助動詞、「なシ」は形容詞)
・訳し方は「~しないこと(もの)はない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 物に於いて陥(とほ)さざる無きなり (現代語訳:どんな物でも突き通さないものはない)
二重否定を表す『莫非』
否定を表わす語「莫」「非」が続けて並ぶ形です。否定を表す語2つの語「莫」「非」は続けて読まれます。
・読み方は「~ニあらザルなシ」(「ざル」は『打消』の助動詞、「なシ」は形容詞)
・訳し方は「~でないこと(もの)はない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 溥天の下、王土に非ざる莫し (現代語訳:あまねく広い天のもと、天子の領地でないものはない)
二重否定を表す『非不』
否定を表わす語「非」「不」が続けて並ぶ形です。否定を表す語2つの語「無」「不」は続けて読まれます。
・読み方は「~セざルニあらズ」(「ざル」「ズ」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~しないのではない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 大功を説(よろこ)ばざるに非ざるなり (現代語訳:大きな手柄を、うれしく思わないのではない)
二重否定を表す『非無』
否定を表わす語「非」「無」が続けて並ぶ形です。否定を表す語2つの語「非」「無」は続けて読まれます。
・読み方は「~なキニあらズ」(「なキ」は形容詞、「ズ」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~がないのではない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 人遠慮無きに非ず (現代語訳:人間には、先々まで見通した考えがないのではない)
二重否定を表す『不可不』
否定を表わす語「不」「不」の間に「可」が入った形です。否定を表す2つの助動詞「不」「不」がその間に別の助動詞「可」を介し、意味のつながりを有したまま続けて読まれます。
・読み方は「~セざルベカラず」(「ざル」「ず」は『打消』の助動詞、「べから」は『可能』の助動詞)
・訳し方は「~しないわけにはいかない」「~しなければならない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 亡げ去るは不義なり。語(つ)げざるべからず (現代語訳:逃げ去るのはよくない。(このことを)告げないわけにはいかない)
二重否定を表す『不敢不』
否定を表わす語「不」「不」の間に「敢」が入った形です。返り点によって否定を表す語2つの語「不」「不」は続けて読まれます。
・読み方は「敢へて~セずンバアラず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「~せずにはいられない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 敢へて親迎せずんばあらず (現代語訳:(婚礼に)男が妻を迎えずにはいられない)
二重否定を表す『未嘗不』
否定を表わす語「未」と「不」の間に「嘗」が入った形です。返り点によって否定を表す語2つの語「未」「不」は続けて読まれます。
・読み方は「いまダかツテ~セずンバアラず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「今まで~しなかったことはない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 吾(わ)れ未だ嘗つて見(まみ)ゆることを得ずんばあらず (現代語訳:私は今までお目にかかれなかったことはありません)
二重否定を表す『無~無』
否定を表わす語「無」「無」の間に語句(名詞)が入った形です。返り点によって否定を表す語2つの語「無」「無」は続けて読まれます。
・読み方は「~トシテ…なキハなシ」(「なキ」「なシ」は形容詞)
・訳し方は「どんな~でも…ないものはない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 国として之無きは無し (現代語訳:どんな国でもこれがないものはない)
二重否定を表す『無~不』
否定を表わす語「無」「不」の間に語句(名詞)が入った形です。返り点によって否定を表す語2つの語「無」「不」は続けて読まれます。
・読み方は「~トシテ…セざルハなシ」(「ざル」は『打消』の助動詞、「なシ」は形容詞)
・訳し方は「どんな~でも…しないものはない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 偶(たまたま)名酒有り、夕として飲まざるは無し (現代語訳:ちょうど名酒が手に入った。どんな夜でも飲まないことはなかった)
否定を並列に並べる表現
否定語を並列に並べる表現を紹介します。
文の中に否定を表わす語が2つ出てきますが、『二重否定』のようにそれぞれの否定を表す語が連続して読まれることなく、それぞれ別の語と結びついて並列で否定を表します。
否定の並列を表す『無~無…』
否定を表わす2つの語「無」「無」が返り点によってそれぞれ違う語と結びつきます。
・読み方は「~トなク…トなシ」(「なク」「なシ」は形容詞)
・訳し方は「~でなく、…でない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 貴と無く賤と無く、長と無く少と無し (現代語訳:身分の貴い、賤しいの区別なく、年長か年少の区別もない)
否定の条件から否定の結果を導く表現
上の否定語の句が条件を表し、下の否定語の句が結果を示す形を紹介します。
特徴として、文の中に否定を表わす語が2つ出てきますが、『二重否定』のようにそれぞれの否定を表す語が連続して読まれることなく、それぞれが条件を表す部分と結果を導く部分とに分かれて他の語と結びついて否定を表します。
否定の条件と結果を表す『不~不…』
否定を表わす2つの語「不」「不」が返り点によってそれぞれ違う語と結びつきます。
・読み方は「~セずンバ、…セず」(「ず」は『打消』の助動詞、「バ」は仮定条件を表す助詞)
・訳し方は「~しなければ…しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 憤せずんば、啓せず (現代語訳:(意欲が)吹き出さなければ、開き導くことはしない)
否定の条件と結果を表す『非~不…』
否定を表わす2つの語「非」「不」が返り点によってそれぞれ違う語と結びつきます。
・読み方は「~ニあらザレバ、…セず」(「ザレ」「ず」は『打消』の助動詞、「バ」は仮定条件を表す助詞)
・訳し方は「~でなければ…しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 梧桐に非ざれば止まらず、練実に非ざれば食らはず (現代語訳:青桐の木でなければ止まらず、竹の実でなければ食べない)
否定の条件と結果を表す『無~不…』
否定を表わす2つの語「無」「不」が返り点によってそれぞれ違う語と結びつきます。
・読み方は「~なクンバ、…セず」(「なク」は形容詞、「ず」は『打消』の助動詞、「バ」は仮定条件を表す助詞)
・訳し方は「~がなければ…しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 民(たみ)信(しん)無くんば立たず (現代語訳:人民は信の心がなければ、人間として存立できない)
『部分否定』の表現
『部分否定』とは、副詞を必ず含み、その副詞が表す部分(条件)を否定することを言います。
例えば、「いつも成功するとはかぎらない」という部分否定の文では、副詞の「いつも」という部分を否定します。つまり、「成功する」可能性は否定しないが、「いつも」という部分(条件)を否定することになります。
部分否定を表す際に使われる副詞には「復」「常」「倶」「必」などがあります。そして、これらの副詞は否定を表わす語「不」などの下に置かれます。
副詞を読む際には、否定の意味が副詞に向かうように、副詞の後に「は」を置くのが原則ですが、「必」「復」の場合は、例外として「は」を置かず、それぞれ「必ずしも」「復た」となります。
部分否定を表す『不復』
否定を表す語「不」の下に副詞の「復」を置き、部分否定を表します。
・読み方は「まタ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「二度と~しない」(「二度と」という部分を否定する)
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 復(ま)た人を更(か)へず (現代語訳:他の人と二度ととり替えようとしない)
部分否定を表す『不常』
否定を表す語「不」の下に副詞の「常」を置き、部分否定を表します。
・読み方は「つねニハ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「いつも~するとはかぎらない」(「いつも」という部分を否定する)
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 元帝の後宮既に多く、常には見(まみ)ゆるを得ず (現代語訳:元帝の後宮の婦人がもはや多く、いつもお目にかかれるわけにはいかなかった)
部分否定を表す『不倶』
否定を表す語「不」の下に副詞の「倶」を置き、部分否定を表します。
・読み方は「ともニハ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「両方とも~するわけにはいかない」(「両方とも」という部分を否定する)
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 今両虎共に闘はば、其の勢ひ倶には生きざらん (現代語訳:今両雄がともに争ったら、両方とも生きているわけにはいかない(どちらかが死ぬ))
部分否定を表す『不必』
否定を表す語「不」の下に副詞の「必」を置き、部分否定を表します。
・読み方は「かならズシモニ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「必ず~するとはかぎらない」(「必ず」という部分を否定する)
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 嫁(とつ)ぐとも必ずしも生まざるなり (現代語訳:嫁にいったとしても、必ず子を産むとはかぎらない)
『全部否定』の表現
『全部否定』とは、限定の強い副詞(=100%を表す副詞、完全や全体を表す副詞)「常に」や「必ず」などの副詞を伴なって、否定することを言います。
例えば、「絶対に成功しない」という全部否定の文では、「成功する」という部分を否定した「成功しない」に対し、その否定を「絶対に」という副詞によって完全に(100%全体に)否定が成立することを表します。
全部否定を表す際に使われる副詞には「常」「倶」「必」などがあります。そして、これらの副詞は否定を表わす語「不」などの前に置かれます。
全部否定を表す『常不』
否定を表す語「不」の前に副詞の「常」を置き、全部否定を表します。
・読み方は「つねニ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「いつも~しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 常に君子たるを失はず (現代語訳:いつも君子としての道をはずさない)
全部否定を表す『倶未』
否定を表す語「未」の前に副詞の「倶」を置き、全部否定を表します。
・読み方は「ともニいまダ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「どちらもまだ~しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 籠鳥・檻猿倶に未だ死せず (現代語訳:かごの鳥・おりの猿のような二人は、どちらもまだ死んでいない)
全部否定を表す『必不』
否定を表す語「不」の前に副詞の「必」を置き、全部否定を表します。
・読み方は「かならズ~セず」(「ず」は『打消』の助動詞)
・訳し方は「必ず~しない」「絶対に~しない」
となります。例文を確認してみましょう。
⑴ 君子必ず自ら反するなり。我必ず忠ならざらんと (現代語訳:君子は必ず自分を反省する。私には必ず真心が足りないのだろうと)
最後に
今回は、漢文の否定や禁止を表す基本の表現や『不可能』『二重否定』『部分否定』『全部否定』などについて解説しました。