漢文の句法(句形)のうち、反語形について説明します。
目次
反語形とは
反語形は、話し手が心の中で、ある事柄に対する確信をもっていながら、疑問の形式で相手に問いかけたり、自問自答したりして、その確信をいっそう強めて表現する用法です。
反語形には、文末に疑問の助字を使う場合、疑問詞を使う場合、両方を使う場合の3通りがあります。
・疑問形と反語形の違い
疑問形と反語形は同じ疑問詞を使って表現する場合がほとんどです。
疑問形は文末が連体形または「や・か」になりますが、反語形の場合、文末に用言や助動詞の未然形に推量の助動詞「ん」をつけます。そして、さらにその後に強調を表す「や」をつけることも多いです。
反語形ー疑問を表す助字を使う
疑問を表す助字『乎』で反語を表す
・読み方は「~ンや」
・訳し方は「~だろうか、いや~ない」
となります。
『乎』は文末に置いて疑問を表します。『乎』の他に「哉」「也」「与」「歟」「邪」「耶」なども使われます。「や」の前に推量の助動詞「む(ん)」を入れて読みます。
例文を確認してみましょう。
⑴ 其の人を知らずして可ならんや (現代語訳:その人を知らないでよいだろうか、いや知らないではいられない)
⑵ 君之を殺すに非ざるを得んや (現代語訳:あなたがこれを殺したのではないと言えようか、いや言えない)
疑問詞を用いた反語形
漢文の疑問詞を用いた反語形について説明します。
疑問詞『何』を使う反語形
疑問詞「何」には、原因・理由に関する反語と事物に関する反語の2種類があります。
『何』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「なんゾ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※『何』の他に「奚」「胡」「曷」なども使われます。文末に「也」「乎」「哉」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 牛羊何ぞ択(えら)ばん (現代語訳:牛と羊とどうして違いがあろうか、いや違いはない)
⑵ 奚ぞ論ずるに足らんや (現代語訳:どうして議論する価値があろうか、いや議論する価値はない)
⑶ 佳作有らずんば、何ぞ雅懐(がくわい)を伸べん (現代語訳:すばらしい作品がなかったならば、どうしてこの風雅な思いを述べようか、いや述べることはできない)
『何』(事物に関する反語)
・読み方は「なにヲカ~ン(ヤ)」
・訳し方は「なにを~か、いやなにも~ない」
となります。
※『何』の他に「奚」も使われます。文末に「也」「乎」「哉」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 内に省みて疚(やま)しからずんば、夫(そ)れ何をか憂(うれ)へ何をか懼(おそ)れん (現代語訳:自分で反省して気がとがめないのなら、一体何を心配し、何を恐れることがあろうか、いや何も心配することはないし、何も恐れることはない)
疑問詞『安』を使う反語形
疑問詞「安」には、場所に関する反語と原因・理由に関する反語の2種類があります。
『安』(場所に関する反語)
・読み方は「いづクニカ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どこで~か、いやどこでも~ない」
となります。
※『安』の他に「悪」「焉」なども使われます。文末に「也」「哉」「乎」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 魯に君子無くんば、斯れ安(いづ)くにか斯れを取らん (現代語訳:魯の国に君子がいなかったら、一体どこでこのような行動を学びとれようか、いやどこでも学びとれない)
⑵ 民安(いづ)くにか其の手足を措(お)く所あらんや (現代語訳:民はどこに手足を措く場所があろうか、いやどこにもない)
『安』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「いづクンゾ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※『安』の他に「悪」「焉」「烏」「寧」「庸」「奚」「曷」なども使われます。文末に「也」「哉」「乎」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 卮酒安(いづ)くんぞ辞するに足らん (現代語訳:大杯の酒をどうして辞退しましょうか、いや辞退しません)
⑵ 奚(いづ)くんぞ可ならんや (現代語訳:どうしてそれでよいだろうか、いやよくはない)
⑶ 安(いづ)くんぞ其の能(よ)く千里なるを求めんや (現代語訳:どうしてそれ(その馬)が千里を走ることを求められようか、いや求めることはできない)
疑問詞『誰(孰)』を使う反語形
疑問詞「誰(孰)」は、人物に関する反語を表します。
『孰』(人物に関する反語)
・読み方は「たれカ~ン(ヤ)」
・訳し方は「だれが~しようか、いやだれもしない」
となります。
※文末に「乎」「也」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ (現代語訳:だれが鳥の雌雄を見分けられるだろうか、いやだれも見分けられない)
疑問詞『何為』を使う反語形
疑問詞「何為」は原因・理由に関する反語を表します。
『何為』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「なんすレゾ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※『何為』の代わりに「奚為」「胡為」なども使われます。文末に「乎」「也」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 何為(なんす)れぞ寸歩も門を出でて行かんや (現代語訳:どうして少しの歩みも門を出て行く気になろうか、いや出て行く気になれない)
⑵ 何為(なんす)れぞ堪へざらん (現代語訳:どうして堪えられないのか、いや堪えられる)
例文⑵のように、否定の語「不」等が含まれる場合は、「どうして~ないのか、いや~である」(否定したあとに肯定する形)となる。
疑問詞『何以』を使う反語形
疑問詞「何以」は手段・方法に関する反語を表します。
『何以』(手段・方法に関する反語)
・読み方は「なにヲもつテ(カ)~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうやって~か、いや~ない」
となります。
※文末に「乎」「也」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 吾れ自ら詐(いつは)りを為さば、何を以て臣下の直(ちょく)を責めんや (現代語訳:私自身がいつわって人をだますようなことをしたら、どうやって臣下に対して正直であるべきことを求められようか、いや求めることはできない)
⑵ 籍何を以て此に至らん (現代語訳:私(項籍)はどうやってこういうことに立ち至ろうか、いや至りはしなかった)
疑問詞『何必』を使う反語形
疑問詞「何必」は必要性に関する反語を表します。
『何必』(必要性に関する反語)
・読み方は「なんゾかならズシモ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~する必要があろうか、いや~必要ない」
となります。
※文末に「乎」「也」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 何ぞ必ずしも公山氏に之(こ)れ之(ゆ)かんや (現代語訳:どうしてわざわざ公山氏の所へなど行く必要があろうか、いや行く必要はない)
⑵ 王(わう)何ぞ必ずしも利(り)と曰(い)はん (現代語訳:王はどうして利益(ばかり)を言う必要がありましょうか、いやその必要はない)
疑問詞『如何』を使う反語形
疑問詞「如何」は原因・理由に関する反語を表します。
『如何』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「いかんゾ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※『如何』の代わりに「奈何」「若何」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 如何(いかん)ぞ涙垂れざらん (現代語訳:どうして涙を流さないだろうか、いや涙を流してしまう)
例文のように、否定の語「不」等が含まれる場合は、「どうして~ないのか、いや~である」(否定したあとに肯定する形)となる。
特殊な反語
疑問詞以外の語を用いた特殊な反語の形を紹介します。
『豈』を使う反語形
「豈」は原因・理由に関する反語を表します。
『豈』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「あニ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※文末に「也」「哉」「乎」「与」を伴なうこともあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 豈に能(よ)く六国(りつこく)の相印(しやういん)を佩(お)びんや (現代語訳:どうして六つの国の大臣の印を身につけることができようか、いやできなかったろう)
⑵ 是れ豈に水(みづ)の性ならんや (現代語訳:これはどうして水の本性だろうか、いや本性ではない)
『独』を使う反語形
「独」は原因・理由に関する反語を表します。
『独』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「ひとリ~ンや」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※文末に「乎」「哉」を伴います。
例文を確認してみましょう。
⑴ 籍独り心に愧(は)ぢざらんや (現代語訳:私(項籍)は、どうして(自分の)心に恥じないだろうか、いや恥じる)
例文のように、否定の語「不」等が含まれる場合は、「どうして~ないのか、いや~である」(否定したあとに肯定する形)となる。
『敢』を使う反語形
「敢」は原因・理由に関する反語を表します。
『敢』(原因・理由に関する反語)
・読み方は「あヘテ~ン(ヤ)」
・訳し方は「どうして~か、いや~ない」
となります。
※文末に「乎」を伴うことがあります。
例文を確認してみましょう。
⑴ 役夫(えきふ)敢へて恨みを申(の)べんや (現代語訳:一兵卒の私がどうして恨みを申し上げようか、いや申し上げることはない)
⑵ 臣(しん)敢へて命(めい)を聴かざらんや (現代語訳:私はどうして命令をきかないだろうか、いやきっときく)
例文⑵のように、否定の語「不」等が含まれる場合は、「どうして~ないのか、いや~である」(否定したあとに肯定する形)となる。
まとめ
漢文の反語形についてまとめます。
日本語(現代語)では、反語は「~だろうか、いや~ない」と表現します。
漢文では、反語を表す助字『乎(哉・也・与・歟・邪・耶)』を用います。
日本語(現代語)では、原因・理由に関する反語は「どうして~か、いや~ない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『何(なん)ぞ~ん(や)』『安(いづ)くんぞ~ん(や)』『何為(なんす)れぞ~ん(や)』『如何ぞ~ん(や)』『豈に~ん(や)』『独り~ん(や)』『敢へて~ん(や)』を用います。
日本語(現代語)では、事物に関する反語は「なにを~か、いやなにも~ない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『何(なに)をか~ん(や)』を用います。
日本語(現代語)では、場所に関する反語は「どこかで~か、いやどこでも~ない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『安(いづ)くにか~ん(や)』を用います。
日本語(現代語)では、人物に関する反語は「だれが~しようか、いやだれもしない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『誰(たれ)か~ん(や)』『孰(たれ)か~ん(や)』を用います。
日本語(現代語)では、手段・方法に関する反語は「どうやって~か、いや~ない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『何を以て~ん(や)』を用います。
日本語(現代語)では、必要性に関する反語は「どうして~する必要があろうか、いや~必要ない」と表現します。
漢文では、疑問詞の『何ぞ必ずしも~ん(や)』を用います。