目次
助動詞とは
助動詞とは、動詞の末尾にくっつける語です。
動詞の末尾に助動詞がくっつくと、動作の状況や状態が変化したり、表現者(話し手や書き手)の気持ちや考えが付け加わります。
助動詞は28個あります。「る・らる・す・さす・しむ・ず・き・けり・つ・ぬ・たり・り・む・むず・けむ・らむ・まし・めり・らし・べし・なり・じ・まじ・まほし・たし・なり・たり・ごとし」です。数が非常に多いです。
助動詞は活用があるため、 助動詞の後に続く他の語との接続に応じて、語形変化を生じます。したがって、文章を読んで理解するためには、助動詞それぞれの活用の仕方を覚える必要があります。
さて、今回は、一般に『過去』の助動詞と分類分けされている助動詞「き」、『過去・詠嘆』の助動詞と分類分けされている助動詞「けり」について詳しく説明していきたいと思います。
まず、助動詞「き」と助動詞「けり」の使われ方の違いについて触れたいと思います。
助動詞「き」と助動詞「けり」の違い
助動詞「き」は、回想(過ぎ去ったことを振り返り、思いをめぐらすこと)の心持をあらわします。
回想を表わす助動詞「き」は、過去のことを表わす場合に用いられることになるので古文の文法では『過去』の助動詞として扱われていますが、日本語では時をはっきり言い表す方法があまり発達していなくて、昔の人は心情的に振り返るというような感覚で助動詞「き」を使っていたと思われます。
そして、中古語(平安時代)においては、助動詞「き」は自分で直接に経験したことの回想に使われていたようです。
これに対し、助動詞「けり」は、他人から間接に聞いたことの回想に使われていたようです。
つまり、助動詞「き」と助動詞「けり」の違いは、回想における直接経験を述べているか間接経験を述べているかの違いということになります。
このような違いから、助動詞「き」は会話の中や日記、随筆において使用されることが多く、また、助動詞「けり」は自分が直接に経験していないことを述べる性質のある物語において多く使われています。
助動詞「き」と助動詞「けり」には、以上のような違いがありますが、平安時代の後になると、直接経験と間接経験の違いによる助動詞「き」と助動詞「けり」の使い分けが曖昧になっていくので、助動詞「き」が必ず直接経験を述べていて、助動詞「けり」が必ず間接経験を述べていると考えるのではなく、そのような使い分けが平安時代にかつて存在していたと理解しましょう。
次に助動詞「き」について詳しく解説したいと思います。
助動詞「き」の活用は次のようになります。
助動詞「き」の活用 他の助動詞&助詞とのつながり
『過去』の助動詞「き」 の活用は、「(せ)・〇・き・し・しか・〇」と特殊な活用をします。「〇」で示した連用形と命令形については活用がありません(この形で使われることがない)。
過去の助動詞「き」は、サ変動詞の「為(す)」とカ変動詞「来(く)」の2つの動詞に由来するという説があり、2つの動詞に由来していることによって助動詞「き」が特殊な活用をすると考えられています。説では、未然形「(せ)」と連体形「し」、已然形「しか」はサ変動詞「為(す)」に由来し、終止形「き」はカ変動詞「来(く)」に由来すると考えられています。
未然形の活用「(せ)」にカッコが付いている理由は、助動詞「き」の未然形「せ」は助詞の「ば」とくっついて「せば」というカタチで使われる場合に限られていて、また、この「せ」を助動詞「き」の活用の一部と認めない考えも存在しているからです。
未然形の活用を認めないとすると、助動詞「き」は未然形と連用形が存在しません。このように、助動詞「き」の未然形と連用形が存在しないことには理由があります。
助動詞「き」は、他の助動詞と組み合わせて用いる際に、一番下に置きます。つまり、文としての内容のまとまりを終わらせるような働きを持っています。助動詞「き」には、このように最後に置いて内容のまとまりを区切るような働きを持つため、他の助動詞を後に続ける際に必要な未然形と連用形を持つ必要がないのです。
ちなみに、助動詞「き」と同様に未然形と連用形を持たず、一番下に置いて文としての内容のまとまりを区切るような働きを持つ助動詞は他に「けり(過去・詠嘆)」「む(推量・意思・適当・勧誘・婉曲・過程)」「けむ(過去推量・過去の原因推量・過去の伝聞/婉曲)」「らむ(現在推量・現在の原因推量・現在の伝聞/婉曲 )」「じ(打消推量・打消意志)」などがあります。
これらの内容のまとまりを区切る助動詞の特徴は、事実(過去の出来事)かまたは事実でなく心の中で思ったこと(推量または意志)なのかを表わすという点です。日本語には、述べた内容が事実かどうかを明確にする助動詞を文の最後の締めくくりに持ってくるような特徴がある事が伺えます。
さて、助動詞には活用があるので捉えるのが難しいですが、それぞれの活用の形と他の動詞や助動詞、助詞との繋がりを意識することによって捉えやすくなります。
助動詞「き」は連用形接続
助動詞「き」は連用形接続です。つまり、助動詞「き」が動詞や助動詞の後に続けて用いられる場合、その前に置かれる動詞や助動詞は連用形になります。
ただし、カ変動詞の「来(こ)」とサ変動詞の「為(す)」に接続する場合は、同語反復を避けるために未然形に接続する場合があるため、注意が必要です。
助動詞「き」の活用の形と他の助動詞や助詞との繋がり
助動詞「き」の未然形「せ」は必ず助詞の「ば」と反実仮想の助動詞「まし」と一緒に「せば…まし」というカタチで用いられ、反実仮想の仮定条件を表わします。
助動詞「き」の已然形「しか」は、その後に助詞の「ば」「ど」「ども」が続いて「しかば」「しかど」「しかども」となることが多いです。
動詞の後に「ざりき」「ざりし」「ざりしか」と続いた場合の「き」「し」「しか」は、『過去』の助動詞「き」である可能性が考えられます。
動詞の後に「てき」「てし」「てしか」と続いた場合の「き」「し」「しか」は、『過去』の助動詞「き」である可能性が考えられます。
動詞の後に「にき」「にし」「にしか」と続いた場合の「き」「し」「しか」は、『過去』の助動詞「き」である可能性が考えられます。
動詞の後に「たりき」「たりし」「たりしか」と続いた場合の「き」「し」「しか」は、『過去』の助動詞「き」である可能性が考えられます。
動詞の後に「りき」「りし」「りしか」と続いた場合の「き」「し」「しか」は、『過去』の助動詞「き」である可能性が考えられます。
助動詞「き」と係り結びの法則
助動詞「き」は、文としての内容のまとまりを終わらせるような働きを持っていて、文の最後に置かれることが多いです。
助動詞「き」が、文の最後に置かれる(結びとなる)場合、通常は終止形になりますが、文中に係助詞の「ぞ」「なむ(なん)」「や」「か」「こそ」がある場合、係り結びの法則の影響によって終止形ではなく連体形(「ぞ⇒し」「なむ(なん)⇒し」「や⇒し」「か⇒し」)や已然形(「こそ⇒しか」)になるので注意が必要です。
続けて、『過去』の助動詞「き」の意味や用法などについて解説していきます。
『過去』の助動詞「き」の意味・使い方 用法 現代語訳
古語の助動詞「き」は過去を表わします。動詞の後に助動詞「き」を置くことによって、動詞の表わす動作や状態が過去のことであることを表わします。現代語では、過去を表わす場合「た」という助動詞を用いますので、古語の助動詞「き」の現代語訳は「~た」となります。(現代語の過去を表わす助動詞「た」は古語の完了の助動詞「たり」の連体形「たる」が転じた語になります。)
それでは、古語の助動詞「き」について例文で確認してみましょう。
⑴ 死にし子、顔よかりき 〔土佐日記〕
(現代語訳:死んだ子は、顔がきれいだった。)
⑵ 鬼のやうなるもの出で来て殺さむとしき 〔竹取物語〕
(現代語訳:鬼のようなものが出て来て殺そうとした)
⑶ 世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 〔古今和歌集〕
(現代語訳:世の中にまったく桜がなかったならば、春を過ごす人の心はのんびりと落ち着いていられるだろうに)
⑷ 昨日(きのふ)こそ早苗(さなへ)取りしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く
(現代語訳:ついこの間早苗を取ったばかりだけれども、いつの間にか稲の葉がそよいで、もう秋風が吹いている。)
例文⑷の「こそ⇒しか」のように、結びとなる「しか」で文が終了せず下に続いていく場合には単なる強調の意ではなく、強調逆接「~だけれでも」の意味になるので注意しましょう。
『過去』の助動詞「き」と『打消』の助動詞「ず」の組み合わせ
『過去』の助動詞「き」と『打消』の助動詞「ず」を並べることで、過去と打消を組み合わせることができます。
『打消』の助動詞「ず」の補助活用の連用形「ざり」と『過去』の助動詞「き」を組み合わせて「ざりき」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「き」のあらわす『過去』の意味「~た」に打消の意が加わり「~なかった」となります。
それでは、「ざりき」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 禹(う)の行きて三苗(さんべう)を征せしも、師(いくさ)を班(かへ)して、徳を敷くにはしかざりき 〔徒然草〕
(現代語訳:禹(=中国古代の聖天子)が国を出て行って、苗族を征伐した功績も、軍隊を引き返して、国内に徳政を広めた功績には及ばなかった)
『過去』の助動詞「き」と『完了・強意』の助動詞「つ」の組み合わせ
『過去』の助動詞「き」と『完了・強意』を表わす助動詞の「つ」を組み合わせることがあります。
『完了・強意』の助動詞「つ」の連用形「て」と『過去』の助動詞「き」を組み合わせて「てき」として使われることがしばしばあります。
このように組み合わされて使われた助動詞「つ」は『強意』として働き、「き」のあらわす意味「~た」を強めることになります。
この際の現代語訳は、強めの部分を口語的に表して「~してしまったのだ」「~してしまったことだ」と訳することができます。
それでは、この「てき」について、例文を確認してみましょう。
⑴ いとねぶたし。昨夜(よべ)もすずろに起き明かしてき 〔源氏物語〕
(現代語訳:とても眠い。ゆうべもなんとはなしに夜明かししてしまったことだ)
『過去』の助動詞「き」と『完了・強意』の助動詞「ぬ」の組み合わせ
『過去』の助動詞「き」と『完了・強意』を表わす助動詞の「ぬ」を組み合わせることがあります。
『完了』の助動詞「ぬ」の連用形「に」と『過去』の助動詞「き」を組み合わせて「にき」として使われることがしばしばあります。
このように組み合わされて使われた助動詞「ぬ」は『強意』として働き、「き」のあらわす意味「~た」を強めることになります。
この際の現代語訳は、強めの部分を口語的に表して「~してしまったのだなぁ」「~してしまったことだ」と訳することができます。
それでは、この「にき」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 留め得ぬ命にしあれば敷き栲の家ゆは出でて雲隠りにき 〔万葉集〕
(現代語訳:引きとめることのできない寿命であるから、家からは出て雲に隠れてしまったのだなぁ(=お亡くなりになったのだなぁ))
『過去』の助動詞「き」と『完了・存続』の助動詞「たり」の組み合わせ
『過去』の助動詞「き」と『完了・存続』を表わす助動詞の「たり」を並べることで、過去と存続を組み合わせることができます。
『完了・存続』の助動詞「たり」の連用形「たり」と『過去』の助動詞「き」を組み合わせて「たりき」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「き」のあらわす『過去』の意味「~た」に存続の意が加わり「~ていた」となります。
それでは、この「たりき」について、例文を確認してみましょう。
⑴ はかなきついで作り出(い)でて、消息(せうそこ)など遣はしたりき 〔源氏物語〕
(現代語訳:ちょっとした機会を作り出して、手紙などを(女の所に)送っていた)
『過去』の助動詞「き」と『完了・存続』助動詞「り」の組み合わせ
『過去』の助動詞「き」と『完了・存続』を表わす助動詞の「り」を並べることで、過去と存続を組み合わせることができます。
『完了・存続』の助動詞「り」の連用形「り」と『過去』の助動詞「き」を組み合わせて「りき」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「き」のあらわす『過去』の意味「~た」に存続の意が加わり「~ていた」となります。
それでは、この「りき」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 秋の野のみ草刈り葺(ふ)き宿れりし宇治の京(みやこ)の仮盧(かりいほ)し思ほゆ 〔万葉集〕
(現代語訳:秋の野の草を刈って屋根に葺いて泊まっていた宇治のみやこの仮の庵(いおり)が自然と思われる)
『過去』の助動詞「き」の解説 まとめ
学んだことをまとめると次のようになります。
・現代語訳は「~た」である。
・活用は「(せ)・〇・き・し・しか・〇」である。
・動詞や助動詞の連用形に接続する。(例外的に、カ変動詞とサ変動詞の未然形にも接続する)
・係助詞の「ぞ」「なむ(なん)」「や」「か」「こそ」の影響を受けて連体形や已然形になることがある。
・ 『打消』の助動詞「ず」の補助時活用の連用形「ざり」と組み合わせて「ざりき」と使われることがある。この際の訳は「~しなかった」とできる。
・ 『完了・強意』の助動詞「つ」「ぬ」と組み合わせて「てき」「にき」と使われることがある。この際の訳は「~してしまったのだなぁ」「~してしまったことだ」とできる。
・ 『完了・存続』の助動詞「り」「たり」と組み合わせて「りき」「たりき」と使われることがある。この際の訳は「~ていた」とできる。
次は助動詞「けり」について詳しく説明したいと思います。
助動詞「けり」の活用 他の助動詞&助詞とのつながり
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」 の活用は、「(けら)・〇・けり・ける・けれ・〇」とラ変活用になります。「〇」で示した連用形と命令形については活用がありません(この形で使われることがない)。
未然形の活用「(けら)」にカッコが付いている理由は、助動詞「けり」の未然形「けら」が助動詞の「ず」とくっついて「けらず」というカタチで上代(奈良時代)に用いられたというように限定された使われ方しか存在しないためです。
助動詞「けり」には連用形が存在しません。助動詞「けり」は、他の助動詞と組み合わせて用いる際に、一番下に置きます。つまり、文としての内容のまとまりを終わらせるような働きを持っています。助動詞「けり」には、このように最後に置いて内容のまとまりを区切るような働きを持つため、他の助動詞を後に続ける際に必要な連用形を持つ必要がないのです。
ちなみに、現代語で「物事が終わること」を「けりがつく」と言うことがありますが、これは古文の助動詞の「けり」が文の終わりにくることが多いことから生まれた慣用句になります。
さて、助動詞には活用があるので捉えるのが難しいですが、それぞれの活用の形と他の動詞や助動詞、助詞との繋がりを意識することによって捉えやすくなります。
助動詞「けり」は連用形接続
助動詞「けり」は連用形接続です。つまり、助動詞「けり」が動詞や助動詞の後に続けて用いられる場合、その前に置かれる動詞や助動詞は連用形になります。
助動詞「けり」の活用の形と他の助動詞や助詞との繋がり
助動詞「けり」の已然形「けれ」は、その後に助詞の「ば」「ど」「ども」が続いて「ければ」「けれど」「けれども」となることが多いです。
動詞の後に「ざりけり」「ざりける」「ざりけれ」と続いた場合の「けり」「ける」「けれ」は、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」である可能性が考えられます。
動詞の後に「てけり」「てける」「てけれ」と続いた場合の「けり」「ける」「けれ」は、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」である可能性が考えられます。
動詞の後に「にけり」「にける」「にけれ」と続いた場合の「けり」「ける」「けれ」は、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」である可能性が考えられます。
動詞の後に「たりけり」「たりける」「たりけれ」と続いた場合の「けり」「ける」「けれ」は、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」である可能性が考えられます。
動詞の後に「りけり」「りける」「りけれ」と続いた場合の「けり」「ける」「けれ」は、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」である可能性が考えられます。
助動詞「けり」と係り結びの法則
助動詞「けり」は、文としての内容のまとまりを終わらせるような働きを持っていて、文の最後に置かれることが多いです。
助動詞「けり」が、文の最後に置かれる(結びとなる)場合、通常は終止形になりますが、文中に係助詞の「ぞ」「なむ(なん)」「や」「か」「こそ」がある場合、係り結びの法則の影響によって終止形ではなく連体形(「ぞ⇒ける」「なむ(なん)⇒ける」「や⇒ける」「か⇒ける」)や已然形(「こそ⇒けれ」)になるので注意が必要です。
続けて、『過去・詠嘆』の助動詞「けり」の意味や用法などについて解説していきます。
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」の意味・使い方 用法 現代語訳
助動詞「けり」の語源は、カ変動詞の「来(く)」の連用形にラ変動詞「あり」の付いた「きあり」の変化したものだといわれています。
助動詞「けり」は、以前からずっとそんなふうで現在まで続いてきているという感じを表わします。したがって、過去から続いていることを表わすことから『過去』の意味、また、回想の気持ちや、これまで続いてきたことをふっと反省する、これまで続いてきたことが急に途切れた感じや今まで意識していなかった事実に今初めて気付いたという気持ちを表わす『詠嘆』の意味もあります。
助動詞「けり」が『過去』の意味を表わす場合、現代語訳は「~た」となります。
例文で確認してみましょう。
⑴ 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり 〔竹取物語〕
(現代語訳:今はもう昔のことだが、竹取の翁という者がいた)
⑵ 人、榎の木の僧正とぞ言ひける 〔徒然草〕
(現代語訳:人々はこの僧正を「榎の木の僧正」と言った)
助動詞「けり」が『詠嘆』の意味を表わす場合、現代語訳は「~たのだなぁ」となります。
例文で確認してみましょう。
⑴ 竜は鳴る神の類にこそありけれ 〔竹取物語〕
(現代語訳:竜は雷神の仲間であったのだなぁ)
⑵ さは、翁丸にこそはありけれ 〔枕草子〕
(現代語訳:では、やっぱり翁丸であったのだなぁ)
気持ちが込められることが多い和歌や会話文・心内文などに用いられた場合に『詠嘆』の意味を表わす場合が多いです。
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『打消』の助動詞「ず」の組み合わせ
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『打消』の助動詞「ず」を並べることで、過去と打消を組み合わせることができます。
『打消』の助動詞「ず」の補助活用の連用形「ざり」と『過去・詠嘆』の助動詞「けり」を組み合わせて「ざりけり」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「けり」のあらわす『過去』の意味「~た」に打消の意が加わり「~なかった」となります。
それでは、「ざりけり」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 「あなや」と言ひけれど、神鳴る騒ぎに、え聞かざりけり 〔伊勢物語〕
(現代語訳:(女は鬼に食われて)「ああっ」と言ったが、雷の鳴るやかましさに、(男はその声を)聞くことができなかった)
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・強意』の助動詞「つ」の組み合わせ
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・強意』を表わす助動詞の「つ」を組み合わせることがあります。
『完了・強意』の助動詞「つ」の連用形「て」と『過去・詠嘆』の助動詞「けり」を組み合わせて「けりき」として使われることがしばしばあります。
このように組み合わされて使われた助動詞「つ」は『強意』として働き、「けり」のあらわす意味「~た」を強めることになります。
この際の現代語訳は、強めの部分を口語的に表して「~してしまったのだ」「~してしまったことだ」と訳することができます。
それでは、この「てけり」について、例文を確認してみましょう。
⑴ まことや、騒がしかりしほどの紛(まぎ)れに漏らしてけり 〔源氏物語〕
(現代語訳:そういえば、何かと騒がしかった間にとりまぎれて書き落としてしまったのだ。)
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・強意』の助動詞「ぬ」の組み合わせ
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・強意』を表わす助動詞の「ぬ」を組み合わせることがあります。
『完了』の助動詞「ぬ」の連用形「に」と『過去・詠嘆』の助動詞「けり」を組み合わせて「にけり」として使われることがしばしばあります。
このように組み合わされて使われた助動詞「ぬ」は『強意』として働き、「けり」のあらわす意味「~た」を強めることになります。
この際の現代語訳は、強めの部分を口語的に表して「~してしまったのだなぁ」「~してしまったことだ」と訳することができます。
それでは、この「にけり」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 乾飯(かれいひ)の上に涙落として、ほとびにけり 〔伊勢物語〕
(現代語訳:乾飯(=干した飯)の上に涙をこぼして、(乾飯が)ふやけてしまったことだ)
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・存続』の助動詞「たり」の組み合わせ
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・存続』を表わす助動詞の「たり」を並べることで、過去と存続を組み合わせることができます。
『完了・存続』の助動詞「たり」の連用形「たり」と『過去』の助動詞「けり」を組み合わせて「たりけり」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「けり」のあらわす『過去』の意味「~た」に存続の意が加わり「~ていた」となります。
それでは、この「たりけり」について、例文を確認してみましょう。
⑴ 昔、男、身はいやしくて、いと二(に)なき人を思ひかけたりけり 〔伊勢物語〕
(現代語訳:昔、男が、身分は低くて、たいそう比類のない(ほどの身分の高い)女性を恋しく思っていた)
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・存続』助動詞「り」の組み合わせ
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」と『完了・存続』を表わす助動詞の「り」を並べることで、過去と存続を組み合わせることができます。
『完了・存続』の助動詞「り」の連用形「り」と『過去』の助動詞「けり」を組み合わせて「りけり」として使われることがしばしばあります。
この場合の現代語訳は、「けり」のあらわす『過去』の意味「~た」に存続の意が加わり「~ていた」となります。
それでは、この「りけり」について、例文を確認してみましょう。
⑴ ひそかに心知れる人といへりける歌 〔土佐日記〕
(現代語訳:ひそかに私の気持ちをわかってくれる人と詠んでいた歌)
『過去・詠嘆』の助動詞「けり」の解説 まとめ
さて、学んだことをまとめましょう。
・『過去』の意味の場合、現代語訳は「~た」であり、『詠嘆』の意味の場合、現代語訳は「~たのだなぁ」である。
・活用は「(けら)・〇・けり・ける・けれ・〇」である。
・動詞や助動詞の連用形に接続する。
・係助詞の「ぞ」「なむ(なん)」「や」「か」「こそ」の影響を受けて連体形や已然形になることがある。
・ 『打消』の助動詞「ず」の補助時活用の連用形「ざり」と組み合わせて「ざりけり」と使われることがある。この際の訳は「~しなかった」とできる。
・ 『完了・強意』の助動詞「つ」「ぬ」と組み合わせて「てけり」「にけり」と使われることがある。この際の訳は「~してしまったのだなぁ」「~してしまったことだ」とできる。
・ 『完了・存続』の助動詞「り」「たり」と組み合わせて「りけり」「たりけり」と使われることがある。この際の訳は「~ていた」とできる。